初めてマンションを訪れた日は、壁も床もさすがに歳月を重ねていて、
どこから手をつけようかと考えながら歩いていた。その中で、その傷みを一瞬忘れさせる光景があった。出窓に残った障子と、キッチンの真上に開けたトップライト。
40年かけて飴色になった障子は、手のひらで触れたくなるような深みがあり、人の手でつくられた手触りの良さが残されていた。
変わりゆく素材をネガティブに捉えがちな現代のマンションとは異なり、経年変化していくことを、むしろポジティブに捉えなおす。時間の変化による素材の質感を軸にしながら、
現在の暮らし方へ丁寧に調整することをデザインの手掛かりとした。
まず、閉ざされていたキッチンをリビングと一体にし、
トップライトの光が部屋全体にのびやかに広がるようにした。光の落ちる場所には、ひとつずつ表情の異なるクラフトタイルを敷き込んだ。手仕事のざらつきに光が触れると、時間帯によって微妙に表情を変え、
暮らしに寄り添う気配のような明るさが生まれる。
玄関は、外と内のあいだを受けとめる縁側と捉え直した。足もとには天然石の砂利を敷くことで、外部との緩やかなつながりを表現し
その先のには名栗加工を施し、木の陰影が空間の境界をやわらかく示す。小さな操作だが、家の入り口の構えを丁寧に整える。
縁側に面する部屋には、新しく設えた障子を入れた。既存建具へのささやかなオマージュであり、
光と人の気配をやわらかく受けとめる装置でもある。部屋どうしが縁側を介して続いているため、行き来には視線の抜けが生まれ、
暮らしが滑らかにつながる。
リビングと廊下の境にはラタンの引き戸を設けた。向こう側を適度にぼかしながら、
編み目を通してトップライトからの光が廊下に静かににじむ。
経年変化した素材が持つ時間の厚みと、現代の暮らしの軽やかさ。そのふたつがぶつからず、無理なく寄り添う場所を探りながら、
丁寧に編みなおした住まいである。
【文・渡邉光紀】